2度目

 

 

 

何が2度目かっていうとバイト飛びました!つか何事にも限界があると思った。当たり前だけどな。人と仲良くするのって何でこんなに難しいんやろね、私はいっつも人間様と相容れん気がする。やめるつもりなんか更々なかったのに頑張るつもりだったのに悪意が真正面から全身に刺さって進めん。最初から馴染めん雰囲気なことは分かってて、ずっと早く逃げたいなって思って過ごしてた。けど絶対ここで上手くやってやるとも決めてた。苦手なタイプの女と話す時ちょっと斜め下むく癖もやめたい。

 

 

 

 

そもそも特技か?という頻度と精度で人に嫌われているのは決して気のせいではないのだ。承認欲求なんかそんなにない!!ってテンプレメンヘラじゃないアピールをしたけど結局わたしは自分を認めて悪くないよって言ってくれる人が欲しかっただけ。女より男の方がやりやすいから男と仲良くしがちなんだと思う。これを承認欲求と言わずして何と言うのか。人から嫌われるたび世界全体から「おまえなんか生きてる意味ないんや」って圧力かけられてるみたいで悲しい。さみしくなって人と絡んで、でもやっぱり上手くいかなくてすぐ逃げる、繰り返し繰り返し繰り返し…。

 

 

 

 

悪意があるのか無いのかは知らないけど他人の一言で悔しくてたまらんくなる。そんな事にいちいち傷付きたくないのに泣くしかできない、いっつもそう。

 

まだ生きてる

 

 

 

なんのためにバイトしてるのか自分でもさっぱり分からない。バイトしたらお金が手にはいって、そのお金で幸せになろうとしていた。なのにカラオケいっても漫画買ってもパンケーキ食べても美容につぎ込んでも本当の幸せは感じられなかった、それどころか札束が恋しかった。唯一北海道行きのチケット買ったときだけは、働いてよかったって心底思ったけどね。

 

 

 

あーあ私が死んだことになんねーかな、私が生きてること知ってるのは好きな人だけでいいです。早くどっかに連れ去ってほしいよ。死にたい気持ちだけは人一倍つよかった。人生のアカウント消したくても消す勇気がないからSNSのアカウントを消しまくって電脳世界で自殺する。これが人間関係から逃げたがりな私の常套手段。バイト先の先輩に遠距離恋愛なんて俺は絶対無理って言われたとき、わたしも昔は同じ考えだったことを思い出した。でも、どんなに物理的な距離が近くても心が離れてたら意味ないの知ってる?そっちの方がよっぽどつらい。私は「次に会えるのは半年後、まぁそんなのすぐだよ。」って大人ぶった。ちょっとだけ惨めだった。

 

 

 

 

 

元友達のSNSを久しぶりに覗いたら、毎日が幸せハッピーのようなツイートにまみれてる。あーはいはいってかんじだ、いつもいつも傷付いているのは私なのに、どうしておまえらが被害者みたいな顔をするんだろう。裏アカで悪口を言われたから問い詰めて、そしたら言ったやつも周りも皆わたしから離れてったよね。友達の彼氏に襲われかけた時も、学校やめたときも、むしろちゃんと事情を話してた子から私の友達を辞めたもんね。脳ミソ殺して機能停止して、しんどくなくすればいいんやって、気づいた頃には全て終わった後でした。いっつもそう。

 

 

 

 

キーンじゃないタイプの(ぐわんぐわんって)耳なりが絶妙に不愉快で仕方ない。ずっと何かが埋まってないような気がする。お腹一杯たべて眠っても虚しさで溢れる、風邪ひいてるからこんな最低な気分になるのかなとか頭回らないまま考えた。もっと不真面目だったら夜の町にでも飛び出してしまえるのに、変なところで真面目さが出てしまってろくでもない。恋人と過ごしてた毎日は、時間が早い気がしてたな。

 

 

 

 

前記した通り風邪で文章に纏まりがないですね。これは単なる日記で誰も見ていないだろうから安心、でも私が世界から切り離された存在のようで寂しいです。わたしが嫌いな人間はいつも女、私が嫌いになるのはいつだって私を嫌いなやつだから、ひっくり返せば女に嫌われやすいってこと。私を嫌いな理由は皆それぞれで「男に媚びすぎ」「自己中心的すぎ」「会話が成り立たない」「ノリについていけない」「メンヘラきもい」が多い。満遍なく皆に優しくなんの隔たりもなく接したいのに、普段はそうできているのに、時々発作みたいに全部ぶち壊したくなります。人生どこかで間違ってんのかな?だとしたらどこかな?そればっかり気になってるから、今もまだ駄目なのかな?

エモい

バイト先にすっげー嫌いな女がいるんすよ。とにかく会話ができない目が合わせれない一周回って恋かよってレベルで。これがわりと死活問題。

 

 

あと最近つくづく感じるのは、遠距離恋愛なんかマジでしないほうがいいです。できれば。ただ1つ分かったことは運命なんか絶対嘘ってこと、だって本当に運命の人なんてのがいたら世の中は遠距離恋愛だらけになっちゃうでしょ?世界は広いんだから。けどリアルはそうじゃないでしょ?それでも運命を語るのは、そう言わないと離れてっちゃうものが沢山あるからだね。わたしはそう思います。北の国から帰ってきて毎日カレンダーをぼーっと見てた。キャリーバッグは片付けらんないままでGoogleMapで行った場所ながめて好きな人と一緒にいた感覚とかを失いたくなくて何にもできない。

 

 

たくさんの「わたし」は、私が大切にしていた「わたしみ」は、多数決てきなので殺されてしまって、それを別に恨んではいないけど幸せにだけはどうしてもなりたい。夜を越えたい。

無題

 

 

9月29から4日間、私は飛行機に乗って遠い遠い県まで行きました。まぁなんというか遠距離恋愛中の恋人に会ってきました普通に。いわゆるネット恋愛(という言い方をあまりしたくない…けど他に言い様がない…)だから、実際会うのは初めてだったけど、遠くから見た瞬間「あ、あの人だ」ってわかったよね。なんか周りの景色も急にキラキラーってして目の奥がぱちぱちして心臓の音が脳に響いた。あの感覚たぶん一生わすれらんない。

 

 

 

それで4日のこと事細かに書き残しておこうかと思って途中まで書いてみたけど、ひたすら寂しくなるだけだったから止め。帰ってきてからは、キャリーバックすら片付けられないままで、しきりに衣類に顔を埋めては泣いている。明日からは当然のようにバイトあるし頑張るしかないんだな仕方ない。

1たす1が2にならない

 

 

 

大事な夢を見た気がしたのに上手く思い出せない。ゲームして寝て食事して私の1日はあっけらかんと過ぎていく。テレビを付けると死にたいみたいなメンヘラ番組がやっていて、そこに大好きな歌手が出ていた。みんな一分一秒真剣に呼吸してるのに私は惰性で中途半端に生きているんだよなあ。寂しい死にたいって口に出さなければ多分もうちょっと大勢の人から愛されてた。

 

 

 

そもそも生き死には選択ではなくて、どうしようもなく抗えない与えられる何かのはずなのに、それを軽々しく「死にたい」なんて侮辱するのは最低だ。いきたくても生きられない人もいるんだよなんて偽善ではない、死そのものに対して失礼だと思う。あらゆる言葉は私なんかが口にするのも許されないほどの美しさをおびている。

 

 

 

 

人を本当の意味で愛したい。愛は信じることってよく聞くけど私はちょっと違くて、もし与えられた好きとか大切の言葉が全部うそだったとしても別に構わないと思うことが私の愛なんですよ。だってそれを言われたって事は無くならない。くれたはずの感情を、贈り主のあなた本人が全否定しても、私の中であの喜びは0にならない。誰がどうやっても死んだ後でさえ事実が残るでしょ。そもそも親友同士でも付き合っても結婚しても、相手を幸せにする責任なんかない残念ながら。不幸になっても一緒にいるのが本当じゃないんですか?これは何回も言っていることだけどすぐ忘れて悲しくなってしまう。だからその回数分だけ覚えなおさないと駄目なんですよね。つまり私の愛は、永遠なんて無いこの世の中で、ゆいいつ永遠。

今日の遺書

 

いつか自分は、いえ、人間というものは、どこかで幸せを手にできるものだと私は思いこんでいて、美しく愚かだった。何にも執着したくないのに生きていくためにはそうするしか出来なかったから、いつも1人または1箇所に夢中になり腐った。そこだけが私の世界全部。報われることが絶対ではないからこそ私たちは神を信じ祈るということを忘れ去っていたんだね。無知で可愛いけれど邪魔くさくて面倒で周りの愛想をつかせるのが上手な子。

 

 

 

 

つらさが限界を越えるあの一瞬、ちょっと息が詰まって背筋がすっと冷めて死にたさが眠気みたいに押し寄せてくる感覚は何回やっても堪らない。でも「くだらない、こんなの寂しくないよ大丈夫」って言い続けてたら本当に何とも思わなくなってきて自己暗示ってすごいなぁ素晴らしいんだな。みんな他に大切な物があるから私なんかを選べないから、それを考えるたび起こる事を全て仕方ないで済ませられた。大人でしょ?これでいいんでしょう?

 

 

 

 

悲しむ権利もないのに一人で勝手に泣いてるのは何故。悪いのはずっと私で正しいのは貴方だからもう近付かないでいようね。ごめん。口から言葉が1個も出てこない変わりに脳内ではしっかり物事がきれいに進んでいった。しにたくなるのはいつだって傷付いたときですけど、それが嫌なら一生どこにも出てこなくていいんよ、人として当たり前の普通ができんのやったら。

 

メモ

 

 

 

何を思ったかベランダに座り込んでいるが朝日がまぶしい。ここは都会のくせに山奥の薫りがたちこめていた。胃が気持ち悪くて吐き気がする。近くの葬儀所が私を呼んでいる気がして見つめたけれど誰も私を見ていなかった安心した。鳥が鳴いてて、さみしい、トラックから警告音。

 

 

 

昨日きみに言われた言葉が頭にこびりついて離れない。これといって特別な理由がないのに死にたいときは何したらいいの。強いて言うなら死んだほうがよっぽど人に愛される気がするから生きていたくないが正解。LINEのスクリーンショットを見つけて眺めてた、ずっと友達でいればよかったのかな?迷惑かけるだけだってわかってたくせに、私達をおしまいにする方法は無限にあったけど、そうしなかったのは我がままだね。

 

 

 

 みんな私が何言ってるか分からないって言うけど私からしたら逆に皆が何言ってるかさっぱり理解できないの、それってやっぱり私が悪いのかな。平均とか平凡とか普通とか一般的とかいわゆるマトモから当然のようにかけ離れた価値観しか持てない。ぜんぜん可哀想なんかじゃないのに、真似事してる私ってほんと可哀想。今となっては名前すら忘れた保健室の先生に「どうして病気のふりをしてるの?バレバレだからやめた方がいいよ?」って笑われた事、意味もなく定期的に思い返す。その時は悲しくてたくさん反発したけれど、今おもえば全部私が一人で鬱病ごっこファッションメンヘラしてただけだよな。だって、私のせいにされたくなかった。病名つけて同情ひいたり他人に許されたり認められたり、したい気持ちが全くなかった訳じゃないけど、それより自分の中で折り合いをつけたかった。どこまでいっても1から100まで出来損ないの劣等感が、どうにかなるって思ってたんだよバカだから。

 

 

 

 

思考回路と行動を人に肯定されたいよ。わたしが無断で欠席したとき、なんで両親は泣きながら失敗したって、おまえなんか家の子じゃないって殴ったんだろう。産まなければ良かったと言って裸足の私を夜中に玄関から引きずりだしたのだろうか。いつかママになったらわかるのかな?もう限界とかはとっくに超えてるから、そろそろぶっ壊れてもいい、死ね。