エモい

バイト先にすっげー嫌いな女がいるんすよ、そいつがバイトリーダーなんですよ。とにかく会話ができない目が合わせれない一周回って恋かよってレベルで。これがわりと死活問題。

 

 

あと最近つくづく感じるのは、遠距離恋愛なんかマジでしないほうがいいです。できれば。ただ1つ分かったことは運命なんか絶対嘘ってこと、だって本当に運命の人なんてのがいたら世の中は遠距離恋愛だらけになっちゃうでしょ?世界は広いんだから。けどリアルはそうじゃないでしょ?それでも運命を語るのは、そう言わないと離れてっちゃうものが沢山あるからだね。わたしはそう思います。北の国から帰ってきて毎日カレンダーをぼーっと見てた。キャリーバッグは片付けらんないままでGoogleMapで行った場所ながめて好きな人と一緒にいた感覚とかを失いたくなくて何にもできない。

 

 

たくさんの「わたし」は、私が大切にしていた「わたしみ」は、多数決てきなので殺されてしまって、それを別に恨んではいないけど幸せにだけはどうしてもなりたい。夜を越えたい。

無題

 

 

9月29から4日間、私は飛行機に乗って遠い遠い県まで行きました。まぁなんというか遠距離恋愛中の恋人に会ってきました普通に。いわゆるネット恋愛(という言い方をあまりしたくない…けど他に言い様がない…)だから、実際会うのは初めてだったけど、遠くから見た瞬間「あ、あの人だ」ってわかったよね。なんか周りの景色も急にキラキラーってして目の奥がぱちぱちして心臓の音が脳に響いた。あの感覚たぶん一生わすれらんない。

 

 

 

それで4日のこと事細かに書き残しておこうかと思って途中まで書いてみたけど、ひたすら寂しくなるだけだったから止め。帰ってきてからは、キャリーバックすら片付けられないままで、しきりに衣類に顔を埋めては泣いている。明日からは当然のようにバイトあるし頑張るしかないんだな仕方ない。

1たす1が2にならない

 

 

 

大事な夢を見た気がしたのに上手く思い出せない。ゲームして寝て食事して私の1日はあっけらかんと過ぎていく。テレビを付けると死にたいみたいなメンヘラ番組がやっていて、そこに大好きな歌手が出ていた。みんな一分一秒真剣に呼吸してるのに私は惰性で中途半端に生きているんだよなあ。寂しい死にたいって口に出さなければ多分もうちょっと大勢の人から愛されてた。

 

 

 

そもそも生き死には選択ではなくて、どうしようもなく抗えない与えられる何かのはずなのに、それを軽々しく「死にたい」なんて侮辱するのは最低だ。いきたくても生きられない人もいるんだよなんて偽善ではない、死そのものに対して失礼だと思う。あらゆる言葉は私なんかが口にするのも許されないほどの美しさをおびている。

 

 

 

 

人を本当の意味で愛したい。愛は信じることってよく聞くけど私はちょっと違くて、もし与えられた好きとか大切の言葉が全部うそだったとしても別に構わないと思うことが私の愛なんですよ。だってそれを言われたって事は無くならない。くれたはずの感情を、贈り主のあなた本人が全否定しても、私の中であの喜びは0にならない。誰がどうやっても死んだ後でさえ事実が残るでしょ。そもそも親友同士でも付き合っても結婚しても、相手を幸せにする責任なんかない残念ながら。不幸になっても一緒にいるのが本当じゃないんですか?これは何回も言っていることだけどすぐ忘れて悲しくなってしまう。だからその回数分だけ覚えなおさないと駄目なんですよね。つまり私の愛は、永遠なんて無いこの世の中で、ゆいいつ永遠。

今日の遺書

 

いつか自分は、いえ、人間というものは、どこかで幸せを手にできるものだと私は思いこんでいて、美しく愚かだった。何にも執着したくないのに生きていくためにはそうするしか出来なかったから、いつも1人または1箇所に夢中になり腐った。そこだけが私の世界全部。報われることが絶対ではないからこそ私たちは神を信じ祈るということを忘れ去っていたんだね。無知で可愛いけれど邪魔くさくて面倒で周りの愛想をつかせるのが上手な子。

 

 

 

 

つらさが限界を越えるあの一瞬、ちょっと息が詰まって背筋がすっと冷めて死にたさが眠気みたいに押し寄せてくる感覚は何回やっても堪らない。でも「くだらない、こんなの寂しくないよ大丈夫」って言い続けてたら本当に何とも思わなくなってきて自己暗示ってすごいなぁ素晴らしいんだな。みんな他に大切な物があるから私なんかを選べないから、それを考えるたび起こる事を全て仕方ないで済ませられた。大人でしょ?これでいいんでしょう?

 

 

 

 

悲しむ権利もないのに一人で勝手に泣いてるのは何故。悪いのはずっと私で正しいのは貴方だからもう近付かないでいようね。ごめん。口から言葉が1個も出てこない変わりに脳内ではしっかり物事がきれいに進んでいった。しにたくなるのはいつだって傷付いたときですけど、それが嫌なら一生どこにも出てこなくていいんよ、人として当たり前の普通ができんのやったら。

 

メモ

 

 

 

何を思ったかベランダに座り込んでいるが朝日がまぶしい。ここは都会のくせに山奥の薫りがたちこめていた。胃が気持ち悪くて吐き気がする。近くの葬儀所が私を呼んでいる気がして見つめたけれど誰も私を見ていなかった安心した。鳥が鳴いてて、さみしい、トラックから警告音。

 

 

 

昨日きみに言われた言葉が頭にこびりついて離れない。これといって特別な理由がないのに死にたいときは何したらいいの。強いて言うなら死んだほうがよっぽど人に愛される気がするから生きていたくないが正解。LINEのスクリーンショットを見つけて眺めてた、ずっと友達でいればよかったのかな?迷惑かけるだけだってわかってたくせに、私達をおしまいにする方法は無限にあったけど、そうしなかったのは我がままだね。

 

 

 

 みんな私が何言ってるか分からないって言うけど私からしたら逆に皆が何言ってるかさっぱり理解できないの、それってやっぱり私が悪いのかな。平均とか平凡とか普通とか一般的とかいわゆるマトモから当然のようにかけ離れた価値観しか持てない。ぜんぜん可哀想なんかじゃないのに、真似事してる私ってほんと可哀想。今となっては名前すら忘れた保健室の先生に「どうして病気のふりをしてるの?バレバレだからやめた方がいいよ?」って笑われた事、意味もなく定期的に思い返す。その時は悲しくてたくさん反発したけれど、今おもえば全部私が一人で鬱病ごっこファッションメンヘラしてただけだよな。だって、私のせいにされたくなかった。病名つけて同情ひいたり他人に許されたり認められたり、したい気持ちが全くなかった訳じゃないけど、それより自分の中で折り合いをつけたかった。どこまでいっても1から100まで出来損ないの劣等感が、どうにかなるって思ってたんだよバカだから。

 

 

 

 

思考回路と行動を人に肯定されたいよ。わたしが無断で欠席したとき、なんで両親は泣きながら失敗したって、おまえなんか家の子じゃないって殴ったんだろう。産まなければ良かったと言って裸足の私を夜中に玄関から引きずりだしたのだろうか。いつかママになったらわかるのかな?もう限界とかはとっくに超えてるから、そろそろぶっ壊れてもいい、死ね。

 

 

 

自動記述

 

 

生きてきた事の全部が無意味で気持ち悪い。何一つ話すべきことなんてないし、ずっと生産性のない関係でしかいられないのだと思う。どうにもならない、でも死にたいと言いながら何年も生きている、さよなら。

 

 

「こんなに愛しているのに」という言葉は世界中の何よりも自分勝手。見返りを求めるなんて本当の愛じゃないことをどうして分からないの?だから今も、過去も、言われた通りにやってればいつか絶対一番になると思ってたんでしょ?んなわけねぇだろクソだ死ね 。

 

 

きれいな青いインクを入れた万年筆で太ももでも刺してやれば、血液ごと青く染まってそこから綴られる文字のように美しく尊く気高く純粋に成れると信じていて、それが夢だった。大事にしてたのは嘘ではないよ分かってほしい分かんないよね、わたしは私なりの伝えかたしか出来なくて(当たり前だけど)世間一般からかけ離れた何かだ。終わってる。何をしても何処に居ても言い様のない疎外感みたいなものが付いて回った。

 

 

 

あなたの優しさは他人への興味のなさから来ているんだね、ねぇ無理して好きにならなくていいんだよ。救ってくれようとしてること、本当はただそれだけなことも知ってたから。ただ可哀想でもなんでもない私の人生を、どうか、私だけの神様。嘘。なんでもない

今日も1日

 

 

 

死にたい→死ぬわけにはいかない→幸せになれるなら生きたい→もう死ぬしか→どうせ死ぬなら遊び狂う→堅実に生きたい→はい死んだ今死にました→死んでたまるか→おまえら全員殺す→私が死ねばいいんや→世間様ありがとうございました→産まれてきてごめんなさい→死ねやまじでクソ社会が→死にたいの繰り返しですね。とにかく触れるものすべてを傷付けたい気分すぎて朝から洗濯機のピピッ!ピピッ!にブチキレ。ほとほと嫌になる。

 

 

 

19回目の夏を迎えて、大人になるということの本質は諦めなのかもしれないと少し感じた。本物の子供だった頃に戻りたい。真実の愛は宇宙のように広がり続け、そこに理由などないと信じて疑わなかった無邪気な残酷さ。あれを失ってからの私の毎日は、人生は、どんだけ悲しいか誰にも分からないだろうし他人に理解されてたまるかっておもう。漠然と「誰か分かって」なんて泣き叫んでいた幼い私はもう死んだ。

 

 

 

そもそも自己の品定めを他人にやらせるなんて怠惰だ。人様に認められないからってナルシズムごと放棄してんじゃねーよ。私はマトモ私は素晴らしいって百回以上わめいてきたけど、1回たりとも心からそう言えた事なんて、ほんとうに、ただの一度もなくて、己に言い聞かせると共に周りから見下されない為の予防線だった。まるっきり嘘だとしても。1つしか持たないから寂しいに決まってるんだから、幸せになりたいならきちんと働いて恋愛して友達もいて趣味たくさんを持てばいい。そうすればどれかが駄目になった事で死んだりなんかしない。執着しないのではなく、その膨大な執着心を分散させればいい。逃げられないのではなく逃げ道を作っていないだけ。

 

 

 

だれもおまえを愛さないのだから、おまえが自身を愛するしかない。