1たす1が2にならない

 

 

 

大事な夢を見た気がしたのに上手く思い出せない。ゲームして寝て食事して私の1日はあっけらかんと過ぎていく。テレビを付けると死にたいみたいなメンヘラ番組がやっていて、そこに大好きな歌手が出ていた。みんな一分一秒真剣に呼吸してるのに私は惰性で中途半端に生きているんだよなあ。寂しい死にたいって口に出さなければ多分もうちょっと大勢の人から愛されてた。

 

 

 

そもそも生き死には選択ではなくて、どうしようもなく抗えない与えられる何かのはずなのに、それを軽々しく「死にたい」なんて侮辱するのは最低だ。いきたくても生きられない人もいるんだよなんて偽善ではない、死そのものに対して失礼だと思う。あらゆる言葉は私なんかが口にするのも許されないほどの美しさをおびている。

 

 

 

 

人を本当の意味で愛したい。愛は信じることってよく聞くけど私はちょっと違くて、もし与えられた好きとか大切の言葉が全部うそだったとしても別に構わないと思うことが私の愛なんですよ。だってそれを言われたって事は無くならない。くれたはずの感情を、贈り主のあなた本人が全否定しても、私の中であの喜びは0にならない。誰がどうやっても死んだ後でさえ事実が残るでしょ。そもそも親友同士でも付き合っても結婚しても、相手を幸せにする責任なんかない残念ながら。不幸になっても一緒にいるのが本当じゃないんですか?これは何回も言っていることだけどすぐ忘れて悲しくなってしまう。だからその回数分だけ覚えなおさないと駄目なんですよね。つまり私の愛は、永遠なんて無いこの世の中で、ゆいいつ永遠。